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zoom RSS 「あさが来た」7  史実と創作について考える

<<   作成日時 : 2015/12/12 15:54   >>

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大河ドラマと実話系朝ドラ「マッサン」「あさが来た」で、史実と創作について色々思う所がありました。

「マッサン」で主人公マッサンのウィスキー作り以外の部分(ヒロインエリーのベタなおせっかいとか)の創作部分の評判は悪く、そのあたりは視聴率も落ちていたのですが、それは史実と違うとかウィスキー作りだけやれとかいうことではなく、創作がつまらなかったからです。

色々改変していたのは別にいい。
しかし代わりに作った物語が面白くなかった。
バランスも悪かった。
重要人物であるはずのマッサンの養子となる甥の登場もかなり遅かったのですが、
かわりに長々と費やしていたのがエマの恋バナ。
あんまり言いたくないですが、二代目エマの人の演技もまずかったせいでかなり苦痛だった。
本当は関係が悪かった養女ですが、そこを改変したのは別にいい。
引き取った養女がグレたとしてしまうと、社会的影響も色々あるでしょうし。
ただ代わりに創作した話がつまらなかった。

本当は結婚に反対してなかった姑を結婚反対な姑にしてしまったのは別にどちらでもいいけど。
親族の方々は不満げでしたけどね。
わざわざそんな改変いらなかったと思うが。
あのドラマは玉山鉄二さんたちの好演が大きく、脚本的には出来が良くなかったと思う。

改めてそう思ったのは、「あさが来た」ではヒロインの姉パートは、嫁ぎ先が倒産したという以外は全部創作で、けっこうな分量が割かれているのですが、そんな史実と違うところなんてどうでもいいからヒロインの仕事部分だけやれという「マッサン」の時みたいな声はほとんどないし、視聴率も姉の創作パートが落ちているということはないからです。
むしろ炭鉱編が評判が悪く、視聴率も落ち気味になっている。

浅子さんがピストル持って乗り込んでいったというのは週刊誌ネタレベルというか、けっこう話盛ってる部分もあるようですが。

ヒロインの性格とかも、伝わっている像とちょっと変えられているというか、実際より女性らしい感じがする。
現在の女性により共感を得るためと思いますが、そういうのは時代を無視していると批難の対象になったりしますが、今回はむしろ深みを与えている気がします。

大河ドラマの駄作は、現代脳で描いているという特徴がありますが(政略結婚は嫌とか)、駄作というのは現代で考えても変という作品がほとんどなんですよね。

つまり肝心なのは面白いかどうかであって、史実かどうかということは重要ではないということです。
いや、それは言い過ぎとしても、その史実改変に説得力があるかどうかということが重要なのです。
史実改変でシラけるのは、そんな必要性ないのではと思わせること、ただの主人公ageにしかなっていないことです。

もうひとつ言えば、愛があるかどうかということ。
「軍師官兵衛」が嫌いなのは、三成の描かれ方が悪かったからでも史実と違うからでもなく、純粋につまらなかったからです。
そして歴史や歴史上の人物に対して愛もリスペクトも全く感じられなかったからです。

三成の描かれ方が悪かったり、史実と違う創作が多い大河ドラマでも面白いと感じられ嫌いでない作品は色々ありますし。

「軍師官兵衛」に関してはまた書くことがあると思います。
石田三成主役の大河ドラマを考えるとき、反面教師として念頭においておかなければならない作品だと思うからです。
一つ先に言っておくとすれば、あの作品がつまらなかったのは、主人公が馬鹿すぎたからだと思います。
あんな危機管理能力も学習能力もない主人公は前代未聞ではないでしょうか。
なぜそうなったかというと、作り手側が馬鹿すぎたからでしょう。

タイトルがあさが来たなのに、あんまり関係ない話になってしまいました。

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