「いだてん」第21話「櫻の園」

前回のオリンピックでは、陸上競技や道具、今回は女子スポーツを持ち帰った金栗氏。
戦禍をたくましく生きていたドイツの女性たち。
ベルリン五輪を目指していた夫は戦死し、アントワープ五輪は敗戦国だから出られず。

心打たれる金栗ですが、あくまで日本は関係ないと、この時点では思っているのでしょう。
ドイツはこの後、ますますとんでもないことになるし、日本もそう。
このドイツの女性たちのその後を思うと・・・
実際は能天気な事言ってる場合ではなかった。
この大戦で莫大な賠償金に苦しむドイツ、それがナチス台頭の一因に。

ヒトラーは最初のうちこそ、国内外でその手腕が称賛されていたのですが・・・・・
ドイツは、第二次世界大戦後は東西分断だし。
負の遺産にどう向き合うかは、日本も同じ。

スヤさんと息子さんは、東京で金栗と同居という展開になりましたが、これ史実?
いや知らないけど、だって幾江さんは?池部の家は?
旦那さんも奥さんもいないなんて、あの時代にそれってありなの?
一緒に暮らせてよかったねと思うべき?
むしろ酷くないかと思うのだが。

女子高に赴任した金栗ですが、女生徒を縛り付けているものとして描かれているのであろうとはいえ、色とりどりのリボンや着物、華やかですね。
大正好きが多いのも分かる。
嫁に行かせたいために、着飾らせていたというのもあるかもしれないけど。

今の、地味さを強制する校則ってなんだろう。
経済格差がとかいうけど、地味な子は地味な子で若い学生なんだから、清々しいと思う。
全員同じを強制しなくてもいいと思う。
制服を着てもいいし、着ないでもいい。髪型も髪の色も、同じでなくていい。
体感温度だって人それぞれだから、好きな服装をするべきだ。

・・・話が脱線してしまった。
最初は、暑苦しすぎて敬遠される金栗先生。
まあ、本人はあちらを見ているわけですが、知らない方からしたら、いきなり自分たちを全否定してきたみたいに感じるのかもね。
でも実際西洋の女性の方が、産後の回復も早いようで、骨盤はあちらの方がしっかりしてるみたい。

槍投げ、円盤投げや砲丸投げもそうですが、失礼ながら、それをやってどうすると思っていた謎競技だったのですが、その魅力の一端が垣間見えたような気がします。
ドイツ女性も日本女性も、かっこ良かった。

本作では割愛されていた、井口阿くりがアメリカから持ち帰った、セーラー服とブルマーがここで登場。
最初は勇気いるよね。

ちなみに「あしながおじさん」では、ジュディがアメリカの大学で体育の授業を受ける様子が描かれている。
作者が実際に通っていた大学をモデルにしているようで、女子体育の面でも進んでいた大学だった模様。

女子教育に熱心になる金栗先生ですが、男子生徒の指導もちゃんと入れて欲しかったよ。
本も出し、日本マラソンの父と呼ばれる人で、自身手探りで、高地トレーニング等、今でも通用するようなトレーニング法を編み出したりもしてたわけでしょう。
今まで、せいぜい電柱を利用したトレーニングとか、それくらいしかなかったもの。

そのあたりすっ飛ばし気味なのが残念だった。
そろそろマラソンから水泳、金栗四三から田畑政治にメインが移っていくのに。
それにしても、こんなにサダヲ似役者を見つけ出せたNHKなのに、直虎で家康の子供時代から阿部サダヲさんにやらせてたなんて。

ところで、そんなジタバタしたクロールなんて、と憤慨するまーちゃんたちでしすが、「チコちゃんに叱られる」でもやてましたが、水泳の偉い人たちも、速くてもこのバシャバシャが好きではなかったようで、自分たちが優雅と考える平泳ぎを守るために、ルールを細分化していった。
日本人は今でも、自由形はそんなに得意ではないですかね。

実在の人物をカリカチュアライズしたような描き方は、特に大河ドラマでは好きではなく、「真田丸」が嫌いだった理由の一つもそれですが、本作は面白いからそんなに気になりませんでしたが、それでも可児先生と永井先生は、そろそろどうかなあ。
永井氏が香水使ってたのは事実のようですが、あんな風ではなかったと思うけど。
ちなみにテニスは優雅に見えるということで、割と女子のスポーツとしては認められやすかったみたい。

シマちゃんの結婚相手が、あまりに物分かりが良すぎるのは、賛否あるかもしれない。
これは、女生徒たちの「そんな恰好したらお嫁に行けない」と、「足出してもお嫁に行けました」を対比させるためだと思う。

現在でも、いわゆる「モテ服」特集なんか、よく非難されたりする。
男はこういう女性が好きでしょ、という決めつけ。
実際はそういうのが好きな男性など、あまりいないよ、と。

逆の場合でも、しょうゆ顔男性がブームとか言われたりしたって、別にみんながみんな好きなわけではないし、人それぞれでしょう。

当時は、今ほど価値観が多様化されにくかっただろうとはいえ、男性全員、女性の好みが同じとは考えにくい。
夏目漱石は「吾輩は猫である」で、登場人物に、ただ言うこと聞くだけの妻なんて、みたいな事も言わせている。
女生徒の言う、男性はこういう女性しか好きではない、というのは単なる思い込みもあったかもしれない。
そういう意味では、いい学校に通っていても、馬鹿に見える。

竹久夢二の絵みたいな細見の美人なんて、実際には役に立たなさそうじゃない。
子供何人も産めそうにないし、肺とか病んでそう。
あんな美貌なんて、長続きしないし。
もちろんそれでも、恋に落ちる場合もあるでしょうけど、それはそれでいいけど、好みはもっと多様だったんじゃないかな。

とはいえあの増野さん、だっけ、は、さすがにあの台詞はやりすぎだと思う。
本作は、中の人と被らせているような配役がちょくちょく見られ、今回も安藤サクラさんが奥さんである柄本佑さんにやらせたのは、狙いもあっての事かもしれない。

それはさておき、女性アスリートさえ認められていない時代に、ママさんアスリートを容認するとは。
「結婚して子供がいたら、出てはいけないんですか?」「子供と一緒に見に行きます」は素敵ではあるけど、さすがにファンタジーがすぎるのではないか。
イエ制度のこの時代、仮に夫だけよくても、その両親までそんな物分かりがいいとなると、さすがにそれはないだろう。
むしろスポーツをなめているのではと思ってします。

いまでこそママさんアスリートはいるし、またママさんバレリーナもいますが、バレエでも、昔は子供を持つという事と両立しえなかった。

そんなわけで、シマちゃんと増野さんの結婚は、衣装も先進的で素敵でしたが、ちょっと賛否あるかなあと。
少しやりすぎ感は否めなかった。
さて来週は、いよいよ人見絹枝の登場ですか。

この流れでの紀行も良かったですね。

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