「いだてん」第20話

日曜日にはジョン・カリーの映画を見に行こうと思っていたのですが、体調が思わしくないため、来週・・行けたらいいな。


1週遅れになってしまって今更ですが、少しだけ。

8年は長かった。
思えば当時の8年と今の8年ってかなり違うでしょうし、当時の30歳と今の30歳も、かなり違うでしょうね。

マスコミによる選手団吊し上げのシーンの毅然としたスヤさんの態度は、金栗の夢日記のシーンが活きている。
船上で初めて妻子がいることを明かした史実をもとに、夢日記のように、金メダリストの妻であると、トロフィーワイフ的に華々しく紹介されるより、むしろ夫を毅然と庇う方がドラマのヒロインとしては映える。
夢日記のシーンとの対比により、彼女が立派に見えるようになっている。

このマスコミの酷い態度は、史実かなあ。
いや、「あさが来た」でも、とにかくマスコミをマスゴミ的に酷く書けばウケるみたいな風潮もあるのではと思って。
視聴率ばっかり言うマスコミへの意趣返しかとうがった見方もしてしまうが。
史実の事は知らないので、なんとも言えませんが。

駅伝は、マスコミの協賛があってこそだったのになあ。
むしろだから偉そうになってしまうのかもしれませんが。

第一回の参加より格段に進歩しているので、選手たちはもちろん体協も、そんな非難する内容ではないと思うけど。
参加人数も増えたし待遇も改善されてるし、結果だって、2回目の参加であることを思えば、全然悪くないと思うけど。

またこの報告会という存在そのものの是非ですね。
ドラマの監督さんは、報告会なんてものがあるのは日本だけと雑誌で語っていたとのことですが、報告会という言葉だけだとあってもいい気がしますが、あんな絵面的にも吊し上げみたいな、あんなものなら、たしかになくてもいいと思う。
マスコミ及び、私たち全体への戒めの場面と受け取りました。

大体の大河ドラマは、見せ場の合戦とか最後に来るので、ここで予算使ったんだなってなるけど、前半主人公の金栗四三の場合、初のオリンピック日本人選手であるストックホルム五輪、ここに一番気合と予算を使ったであろうと思われるのは見ていて分かるので、どうしてもそれ以降が予算不足っぽく見えてしまう。

が、駅伝にしても、今回のアントワープ五輪にしても、全部に全力投入できない長丁場ドラマで、上手く工夫をしているところが伝わってくるのは良いと思います。
戦争の惨状の中の、プロジェクトマッピングを利用したマラソンシーンとか。

ちなみにベルギーは、第一次世界大戦ではかなり被害を受けたようで、以前にも触れましたが、アガサ・クリスティのデビュー作「スタイルズ壮の怪事件」は、エルキュール・ポワロがベルギーから戦火を逃れてイギリスにやって来ます。
この時の難民船がトラウマで、ずっと船嫌いになってました。
親友のヘイスティングは、この大戦で負傷したイギリス兵で、療養にやってきています。

話を戻して、よくオリンピックを開催したと思う。
ベルギーの人たちや、西洋の選手たちにとって、このオリンピックはどういう思いのものだったのかを、ちらっとでもやってくれると良かったのですが。
金栗たちは、戦禍を見ても無関心っぽい描写なのかと思われたかもしれませんが、まあそんなものかなという気もします。
今現在、世界各地で紛争が絶えませんが、今日本人の誰がそんなに気にかけているのか。難民、移民問題にも冷たいし。

ちょっとアレっと思ったのが、シマちゃんと女子スポーツについての会話で、金栗は、ストックホルム五輪で女子選手を見ているはずなのですが。
日本の女子、もしくはマラソンの事を言ってたのかな。

あと、ストックホルム五輪ではあんなにNIPPON表記にこだわってたのに、今回普通にJAPANをニコニコ受け入れてたのは一体。
あの時倒れたとき、ニッポンでは通じなかったけどジャパンでは通じたからなのか、8年たって軟化したのかどうなのか、何か説明が欲しかった。

それにしても、金栗四三の生涯を見ると、オリンピックにうまく照準を合わせて活躍するという事が、いかに難しいことかがよく分かる。
でも前回も今回も、オリンピックに参加することによって何かを持ち帰っているのですよね。
大事なのはそこなんですね。

このアントワープ五輪で、テニスが日本初のメダルをもたらしましたが、そこはサラッとで、紀行で詳しく、のあたり、ドラマ本編は、あくまで敗者目線の作品なのだなと思いました。

ドイツの女子選手の投げ槍を見て(なげやりな金栗の心情とかけていたのかな)、女子スポーツ育成に目覚める予感の金栗ですが、以前にも触れましたが、旧東ドイツの女子陸上選手ドーピング問題を思い出さざる得なかった。
後遺症に苦しむ選手が可哀そうだった。
ドラマ前半でも言っていた、スポーツは国力を示す手段になるというセリフ。
オリンピックというものは、闇も深い。

50年後、100年後も若者がスポーツを楽しんでほしいという嘉納先生。
去年のスポーツ界の不祥事の数々を思うと、現在への皮肉に思えた場面だった。

もう自分は古いと引退の永井先生だが、そういう思いで引退したのかどうかは謎。
肋木はいまではタオル掛けですが、永井先生的な体育教育が、その後むしろ主流なんじゃないかな。
スウェーデン体操って、号令で動くもので、今でもあるんじゃないかな。
現在、これからまたどうなるかは分かりませんが。

きちんと食事をとるよう指導していたり、厳しくて極端な所はあったかもしれないけど、生徒にはけっこう慕われていたという話も聞きますけど。
肋木ばっかり強調されてたけど、平均台や跳び箱も普及させたんじゃなかったっけ。

基礎重視の永井先生と、個性と楽しむこと重視の可児先生は、もっと対立していたはずだと思うのですが、本作
ではむしろ、面白コンビみたいで、これはこれでドラマ的には面白かったかな。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック