「いだてん」第19話「箱根駅伝」

森山さん凄かったですね。
演じ分けとか、手間かかったと思います。

社会情勢描写不足、嘉納先生や金栗の、訓練や指導者描写不足等、色々思うところはありますが、今一番思うことは、ストックホルム編含め、オリンピックや競技スポーツを見るという事について、これほど考えさせられるドラマはない、ということです。

視聴率が悪いのはそもそも題材選びに失敗したからだという意見もありますが、これだけでも私にとっては、価値ある大河ドラマだと思っています。

競技スポーツは、麻薬のようなところがあると思います。
そう言っている選手もいるし、引退という引き際が難しいのもそのためでしょう。
今回は、選手にとっても指導者にとっても見る側にとっても、競技スポーツのある種の怖さが滲み出た回だった。

競技スポーツというのは、極論言えば全て身体には悪い。
スポーツというのは、適度にやってこそ身体にいいもので、やりすぎは身体に悪い。
最近体操をテレビで見てたけど、女子は156㎝で長身といわれる世界。ある種奇形を作る競技でもあると思いながら見ていた。
身体に悪い事をやっているのを見て喜ぶのは、非道なのだろうか。

フィギュアスケートだって、高度になればなるほど、明らかに身体に悪い。
しかし選手はそれを追い求め、コーチも後押しし、我々も見て喜ぶ。

まず本作の金栗、最初は純朴な田舎青年だったのが、マラソンに取り付かれて、アメリカ横断とか言い出すあたり、ラリってるかのようにさえ見える。
勘九郎さんの演技から、ここ最近伝わってくる狂気性。
脚本の意図したものかどうかは分からないけど。
何かに夢中な者は、自分勝手でエゴになりやすいというのもここのところよく出ている。
そして野口さん押し弱すぎ。

ちなみにアメリカの地名や数字がすぐでてくるあたり、そういえば地理の先生だっけ、と思い出しました。

今回の、箱根駅伝、足を痛めてボロボロになりながら無理やりゴールまで走らされて感動、という描写に、悪しき根性論礼賛だと単純に見て叩いている人もいるけど、それは浅い見方だと思う。
あえてやっているのだと思う。

第一回で、なんの悲劇だったか、フラフラになりながらのゴールを「酷いものだった」と言わせた永井先生を、本作は悪人描写にはしていない。そういう視点はちゃんと持っているドラマだ。
主人公側が正義で対立側が悪という、単純構成の作品ではない。

ちなみに、「12時には飯を食え」で印象的だった今回の永井先生は、訓練中倒れる生徒が多いのを不審に思ったら、まともに朝ご飯食べてない生徒が多かったので、ちゃんと食べさすように通達したりもしていたそうで、欠点や功罪はありながら、常識的なところもあったりしたようだ。
ただ、正論だけでは進展していかないのもたしか、なのだが、正論を欠いた諸々の雑な暴走が、幻の東京五輪、さらには日本全体の暴走にも繋がっていってしまったところもある。

岸さんは、今回ボロボロゴールで感動というわけではなく、その前から、懐疑的だったマラソン、駅伝にワクワクしてきていた。
今に比べて規模は小さいけど、みんなで襷をつないでいって競うというのは、やっぱりワクワクすると思う。
「そんなに走ってなんになる」と言ってたのに、その魅力にはまっていくのは、私は分かる。

駅伝のノリが嫌いという人もいて、そういう人にとっては、前回と今回はしらける回だったかもしれないが、私はやっぱりワクワクしてしまう方なのだ。
皮肉にも、箱根駅伝のせいでマラソン選手が育たないと言われたりするのだが、それでもここまで正月の風物詩として続いて愛されてるのは、危険な魅力もあるからだ。
現在でも駅伝は、一人二人は必ず故障者が出るのだが、それこみで、ドラマとして見てしまう。

パワハラコーチみたいに暑苦しく叱咤激励する金栗、故障者が出ながら「感動的なものなのだからマラソンやりましょう」とコロっといってしまう岸さん、競技スポーツの残酷性をあえて見せていると感じた。

同時に、日本が勝つとか、そういう問題ではない、というセリフ、抜かれた敗者側に視点を合わせた作り方、敗者に優しい視点は一貫していて、怖さと同時に、やはり感動もしてしまう作りになっている。
今ではマラソンは、夏のオリンピックの花形競技だが、何にここまで魅かれるのだろうと、改めて考えてしまった。

もちろん、例えばフィギュアスケートでも、怪我を押して無理に出場というのを美談にするべきではないという意見は多い。
ぱっと思い浮かぶのは、昔中国杯での羽生君流血事件。それでも出場した件。
あれを感動したという人は少ないだろう。むしろ申し訳ないが、嫌なもの見せられたと思ってしまった。
駅伝で這いながらの女子選手もいたけど、あれも嫌悪感持っただけで、感動した人はいないと思う。
それでも選手は頑張ってしまう場合、指導者や見る側はどうすればいいのかと思ってしまう。

結果はどうあれ、万全の状態で戦う姿が見たいのであって、怪我しても無理して頑張ってる姿なんて見たくないから、怪我には気を付けて、無理しないでと思うのだが、ロシア大会の時の羽生君や、全日本の宇野君にしても、心打たれてしまうものはどうしてもある。

マラソンや駅伝は、どうしてもフラフラゴールになりやすいし、それまで感動ポルノみたいに言われると、競技自体の否定になってしまう。
多少のことなら頑張れと思ってしまうし、無理もしてしまうものだろう。

なんともとっ散らかった感想になってしまったが、スポーツ黎明期と現在、進歩していないところや解決してない所は多いものだなと思った回でありました。

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