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zoom RSS BS大河ドラマアンコール「武田信玄」 第四十五話「京への道」

<<   作成日時 : 2017/02/18 11:07   >>

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たまに、気まぐれのように触れていた「武田信玄」。
残すところも、あと少しでしょうね。

後を知っている身からすれば、京への道、すなわちそれは武田滅亡への道。
そこへ向けてひた走っているように思える。

上洛する、京へ行く、天下を取る、そこに何かこれといったビジョンがあるわけでもないのだが、京というものに翻弄されていた(このドラマでの)信玄の人生、中井貴一さんの演技、それらが相まって、なにか不思議な説得力がある・・・ような気もする。

莫大な金がかかる、信玄ゲホゲホいってる、そういうことから見て無謀としか思えないのだが、誰も止めない。
諏訪衆との対立から、滅亡フラグも。

この無茶な上洛のツケは、この後、結局勝頼にのしかかってくることになるのだった。

北条ともう一度手を結んだ武田だが(お梅って一体)、御舘の乱で金につられて(この無謀な上洛のせいで窮乏していたから)、景勝側について、また北条と手を切ることに。

北条と上杉が手を切る時期や状況などは、多分創作入ってるとおもうけど、氏政が割を食ってる印象はある。

上杉はいつの間にか謙信となっていたが、誰にも相談もせず勝手に北条からの養子の景虎を後継者に決め、二人だけで盛り上がっていたが、手を切ってきた北条からの人間が後継者だといっても、謙信死後はまとまらないだろう。
何故そんな事も分からない。
あの場面はドラマの創作でしょうけど、武田滅亡は信玄のせいで、上杉衰退は謙信のせいではあると思う。
上杉が滅亡せずにすんだのは、運が良かったせいもあるだろう。
本能寺の変がなかったら、危なかった。

今回は、本気で天下を狙ってた者など、実際はそういないだろうという事もよく分かった。
地理的に無理なのだ。
伊達政宗について、よくあと10年早く生まれていたらとかなんとか言われているが、ほんとにもっと早く生まれて天下を本当に目指していたら、多分滅んでいただろう。

武田軍は、戦国最強とも言われ、織田軍は、戦国最弱とも言われる。(とどこかで読んだ)。
でも武田は織田に勝てなかっただろう。
信玄は類まれな外交能力で織田包囲網を築き上げたし、豊かな鉱山を保有し、様々な政策で国を富ませた。
が、交易ルートを持たず、そのために戦い続けなければならなかった。

大して信長は、河川流通の要衝を押さえていた。
「戦国の経済史」によると、そのために信玄は織田を敵に回して上洛の際、物資の不足に苦しんでいたと考えられているという。
三方が原の戦いで家康を破るも浜松城を落とさず先へ進んだのは、城攻めするだけの兵糧も確保できてなかったからと、最近では見られているようだ。

信玄の死で信長は助かったと言われていたが、本当にピンチだったのは、周囲敵だらけだった信長より、信玄の方だったとも言われている。

上洛なんぞしたら死ぬなんて、竜宝のような超能力がなくたって分かりそうなものだが、病気の上に見積もり出したら金足りねえってのに、そしてドラマでは出てないが、河川流通は信長に押さえられてるってのに、みんなやる気満々で誰も止めない家臣しかいない(そんな信玄の家臣は、長篠合戦で集団自殺としか思えない行動に出る)、勝頼側の諏訪衆とはピリピリ。

しかしそれでも京に向わざるえないのが信玄なんだな。
そりゃ武田滅亡するわけだと思いつつ、そんなに行きたきゃ行くがいいさ、とも思わせるドラマでもある。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。

 現代の(二次史料に基づく)戦国時代の歴史は、結果から逆算されていると思うのです。敗者の歴史であっても。

 その当時、信玄が上洛を目指す西上作戦をとり、かつ織田・徳川連合軍に勝利を続けなければ、武田が織田に勝つ機会は結果的にはもうなかったと思われます。それを後世の人間は「結果的に」知っている訳です。その「この機会以外に武田が織田に勝つ機会はなかった」というのが、戦国・江戸時代を通じて常識となっているがために、信玄は京を目指したという話に後付けでなっているのです。

 関ヶ原の戦いにおいても「三成は家康暗殺を計画していた」「西軍は上杉景勝と事前通謀していた」「西軍は小早川秀秋に関白就任を打診していた」とかいう話も、「そうしなきゃ、西軍は勝てなっただろ」という結果から、後付けで後世の二次史料でそういう記述になっています。後世の二次史料の記録というのは、ほとんど筆者の後付けの推測でどうしようもないです。
ごん
2017/02/25 12:38
ごんさん、コメントありがとうございます♪

桶狭間合戦の今川義元の意図についても、色々な説があるようですし、たしかに信玄が京を目指したという話も、後付けかもしれませんね。
そこまでは思わなかったので、未来視点からものを見ないというのは、存外難しいものです。
そのあたりは、気を付けていきたいと思います。
杏奈
2017/02/25 14:39

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