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zoom RSS 「真田丸」第十一回

<<   作成日時 : 2016/03/26 12:16   >>

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個人的には、薫やこうなど、実在の人物たちがカリカチュアライズされているのに非常に不快感がある。

家康や氏政は面白いと思う。
特に家康は、結構小心者だったのではと思わせるエピソードも色々あるのだが、
そういう面から描いたことはあまりなかったと思う。
それでいながら、下げ描写になってないところが凄い。
それどころか、関ヶ原や大坂の陣で、つい家康を応援してしまいそうですらある。
もっとも最近では大分落ち着いてきた感がありますが。

もちろんこんな家康嫌と思われる人もいるでしょうが、少なくとも同じ西軍主人公の「天地人」のコブ康よりははるかにマシでしょう。

不快感を抱くのは、しつこいけど何人かの女性陣。(あと氏直とか)
今回こうの評判が上がったみたいですが、何がいいのかさっぱり。
「失笑」
その一言。それしかない。

きりの人物造形について意味が分からなかったのですが、こんな狙いがあったのですね。
以下抜粋。

きりのせりふはまるで現代風で、振る舞いも現代の女の子そのもの。「あけすけな物言いで、現場の皆さんからは『戦国のヤンキーみたい』と言われています(笑)」。そして脚本を執筆する三谷幸喜氏からはこんなアドバイスをもらったという。

 「三谷さんからは、『現代劇のせりふで時代劇を演じるのがミソなんだ』と、言われました。時代劇のせりふに慣れていない若い世代の人たちも、きりの言っていることはわかるんじゃないかな。そこから興味を持ってもらう、入り口みたいな役割がきりにはあるのかな、と思っています」。

 きりが登場すると、時代劇としてなじんできた世界に、これまでと違う異質な要素が入ってきて、ちょっと目が覚めるようなところがある。


はいアウト。
特に赤字部分ですが、こんな考えの人に大河ドラマの執筆をしてもらいたくないのです。
自分子供の頃も大河ドラマ見てたことあるけど、言ってること全部分からなくても、異世界を味わえるということでワクワクしたのだと思います。
現代言葉やられるとシラけるだけです。
せめて大河以外でやってくれ。
許可したプロデューサーもなんだよ。
所詮はGOのプロデューサーか。

実際滑ってるという意見も多い。
長澤まさみさんに対する攻撃もあるようですが、ああいう狙いで作っている以上、誰がやろうが同じでしょう。ま、私ならコンセプト聞いた段階で断りますけどね。

大体若い人にも見てもらおうという余計な狙いが滑るということは「花燃ゆ」で実証済ではないか。
今視聴率下がってるのは、その辺りが滑ってる証ではないか。
BSの視聴率はいいとか録画率はどうとかいう話もありますが、少なくとも彼女たちのせいでもう一度見たいという気にはならない人が多いのだと思います。

葵三代の光圀とか、ナレーションを兼ねた神の声みたいな案内役でとかならともかく、きりは作中の人物なわけで、案内役でもタイムスリップしてきた現代人でもないのだから。
モデルになった人に対する侮辱のようにも感じる。
それに何話目だったか、食べ物で争いが起こるということを描いた後に饅頭ぶつけるとか、一体NHKは何を考えてるのかと思いましたよ。

今回は信繁に「父上の策略見抜けなかった」と悔しがったり、そんな自分が嫌とかなんとか言わせるための装置と化していたわけだが、そういう役割があるということで、きりを擁護する意見もあるのだが、だからといってあんなウザく描かなければいけないわけではないでしょう。

いつの時代でもウザい女性はいたでしょうから、もうそれはそれでいいとしても、大河ドラマの、史実の人で、案内役とかでもない作中の人物が現代語をしゃべるのがいいなどという考えは問題だと思います。
せめて現代の女子高生が着物着て紛れ込んだだけみたいな浮いた存在にしなければ、こんな嫌悪感を感じることはなかったと思います。
「独眼竜政宗」の猫御前とか、過去作品でもウザい人物造形はありましたが、こんな嫌悪感はありませんでした。

毎回突っ込むのも疲れるでしょうし、いずれ慣れるかもしれませんが、慣れたくもないです。

室賀暗殺が信繁の祝言の場であったというのは創作でしょうが、とにかく主人公をドラマに絡ませなければいけないと苦心している様子が窺えます。
最初の結婚はどういういきさつだったのかとか時期とか分かってないので、室賀暗殺と絡めてドラマティックにしたのでしょう。
それはいいけど、きりの言動には困惑するばかり。
あと、徳川は昌幸を暗殺するのに室賀に二人刺客を付けただけか。
昌幸を暗殺した後、そこでお前も殺されろって事か。

もちろん今まででいい所もある。
今回退場となった室賀正武を、ぼんくら官兵衛における櫛橋左京進にしなかったこと。

室賀と昌幸は対立しており、室賀は家康と通じて昌幸暗殺を謀ったが、返り討ちにあった。

その事実をどうドラマとして仕立てるかは脚本家の裁量にかかっており、いくらでも昌幸は正しくて凄いのに、室賀は馬鹿、に出来たと思います。
一年間通してそれをやり続けたのが、ぼんくら官兵衛のぼんくら脚本家で、主人公をロンダリングすることしか考えなかった結果、多くの戦国武将がアホ化し、そして主人公もぼんくらと化したのにそんな主人公を持ち上げまくる、という惨憺たる作品となったわけである。
※ぼんくらぼんくら言ってますが、あの大河のことを言ってるのであって、史実の黒田官兵衛の事ではありません。念のため。

しかしそこはさすがそんな愚は犯さず、むしろ室賀を愛すべき人物に仕立てることに成功し、西村さんもやりがいがあったことでしょう。

もっとも昌幸の無責任ぶりに原因があったように見えるのはどうかなと思いますが。
国衆による国造りをなんて実際は言ってなかったと思うから。
この対立構造については、やっぱり国衆のことについてもっと掘り下げなくてはいけなかったのではないかと思います。
それを描くのが大変なので、昌幸を無責任な男にしてしまったように見える。
その辺り、きりちゃんとは全く違う意味で「これでいいの?」と言いたくなってしまう。
幼馴染一人説得できなくて大丈夫なのか?とも思ってしまうし。
もちろん主人公陣営をロンダリングするだけよりはマシですが。

最後、寂しげにやりかけの碁盤を見る場面などは良かったと思います。

出浦という人もよく分からん。
はずしてばかりの昌幸になぜあんな心酔してるのか。
昌幸をそそのかして前言撤回させた割に、それについて自分が室賀を説得するでもなし。
だからこんな事になったのでは。
春日信達謀殺についても「だってあいつも悪かったじゃん」と犯罪者の言い訳みたいなこと言ってたし、この人も大概無責任だな。
室賀の方が大抵正論言ってた。

ところで内部分裂をおこさせて弱体化を狙い、そこを頂くというのは後の七将襲撃事件の伏線でもあるのかな。いや、あの事件の黒幕が家康というのは一つの憶測にすぎないけど。
宇喜多家お家騒動に大谷さん(と誰か)が介入したらイチャモンつけてきた件も。
大谷吉継が家康に不信感を抱いたのはそれがきっかけだと思う。

ところで関連書籍では、こちらとかドラマのお伴に良さそう。

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