Cantabile

アクセスカウンタ

zoom RSS 大河ドラマについて(主に「軍師 黒田官兵衛」)

<<   作成日時 : 2014/11/29 13:48   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

大河ドラマを描くにあたって、何が一番大切なのかを考えると、知識や勉強も
もちらん大切でしょうが、それ以前に
「その時代を一生懸命生きていた人々に対して敬意を払う」
これが前提にないと話にならないのではないでしょうか。
今回の「軍師 黒田官兵衛」には、これが決定的に欠けているように思う。

というのも今回の惨状は、作者、制作者側の無知・勉強不足のせいなのか
それとも知っていてわざとこうしたねじ曲げをしたのかと考えると、
どうも後者であるところが大きいように思うからだ。

一年間ドラマとして成立させるために、創作するのは全然いい。
同じく軍師ものの「風林火山」では、よく分かってない人物のため、おそらく
創作しなければいけない部分が多かったと思うし。
ただあの作品では、今回のような不快感はほとんどなかったように思う。
もしあのタイトルが「軍師 山本勘助」であったら同じような道を辿ってたかもしれないが。
それくらいタイトルによる縛りは強いと思う。

軍師という言葉も、あのくらいの使い方であればよかったかもしれないけど、
今回みたいに、実際にはありもしなかった言葉をタイトルにし、サブタイトルにまで
多用し、本編でも強調し、しかも第一回目の場面が実際にはなかった場面の上に
矢が降り注いでるのにかすっただけというあるわけない演出で、
もうそこから駄作が決定していたようなものであった。
今から思えば。

史実でよく分かってない部分は創作しなければいけないわけであるが、
中国大返しで、官兵衛、小早川隆景に対し上から目線で偉そうにコケにしたのに
なぜか隆景は納得してしまったり、長政と糸の離縁があんなだったり、
この作者はそもそも創作能力自体がないのではと思ってしまう。

この作品への非難でよく言われるのが、主役を持ち上げすぎて他を貶めるということだけど、
歴史やその時代の人物に対する敬意があれば、そんなことは出来ないはずだ。

あともう一つ、作者はもう事の顛末が分かってるからといって、
勝者等を超能力的人物に描いてしまうことも、ちゃんとその出来事を描くことを放棄した
安易なやり方であると思う。
結果的に勝者となっても、その時その時は、一寸先は闇であったはずだ。
なのに超能力的人物にしてしまうと、そりゃ描くのは楽だろうけど、
緊迫感もなにもあったものじゃない。

もっとも終盤になって突然如水が天下天下と嬉しそうにワクワクしてる様子や、
それが息子によってぶち壊されることを想像すると、
ギャグ大河ドラマとしてある意味面白い。

ダラダラ愚痴ってしまったけど、とりあえず今回はこの辺で。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
大河ドラマについて(主に「軍師 黒田官兵衛」) Cantabile/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる